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36豪雪

1.気象状況

 

昭和35年(1960年)12月下句、発達した寒気が大陸から南下し、長岡市では風雨が風雪に変り猛吹雪となり、わずか数日のうちに積雪深は200cmに達した。この豪雪の特徴は12月30日からの24時間に125cmという記録的な降雪をもたらし、年末年始の鉄道輸送に大きな被害を与えたことである。中越地方の家々では昭和36年1月1日の元旦に雪で玄関の戸が開かず、2階から出入りしたほどである。

36豪雪は、雪が山間部に割合少なく、平野部・沿岸部に多いという「里雪型」が特徴であった。特に長岡を中心とする中越地方が大雪であった。最深積雪は2月19日に長岡で217cmとなった。

第一番目の被害は、雪中に埋もれた40余本の旅客列車と乗客約2万人であった。国鉄新潟支社の要請に基づく県からの出動要請で、高田・新発田駐屯地及び松本駐屯部隊延べ3,280人、消防団等28市町村から延べ8,146人が長岡駅を初めとする各駅構内の除雪等の救援活動に当たり、医師36人、看護婦60人が、483人の患者救護に当たった。

災害救助法が適用になった。

 

2.雪害の概要

●新潟県

死者24人、負傷者32人、

住家の全壊28棟、半壊91棟、非住家の全壊134棟、半壊128棟、

被害総額約50億円

 

●長岡市

人的被害 死者4人

家屋 半壊930戸(破損)

土木 道路1箇所、橋梁1箇所、堤防4箇所

損害総額628,825(千円)

商工業の間接損害(輸送まひによる。) 292,407(千円)

運輸通信関係 218,376(千円)

農林関係 67,786(千円)

住宅関係 22,615(千円)

 

※ 長岡地震

昭和36年(1961)2月2日、午前3時39分、長岡市一円に地震が起り、旧市域は震度4、川西地区は震度5(強震)~6(烈震)であった。震源は北緯37度27分、東経138度50分、深さ20kmで地震の規模はM 5.2であった。

震央である川西地区の地盤は第三紀層及び洪積層の上に軟弱な沖積層でおおわれた地質で、加えて地下20kmの比較的浅いところで発生したため、死者5人、重傷30人、家屋の全壊257棟、半壊493棟、農地流埋50haと甚大な被害を受けた。

川西地区の中でも、特に被害の大きかったのは、福道、南新保、古正寺の三集落で、王寺川・福戸の両中学校でも倒壊こそしなかったが、教室の壁が落ちたりして危険な状態となった。

当時、長岡市は36豪雪に見舞われており、積雪が約2mあり、住家の2階が倒壊しても1階が雪壁によって損傷しても倒壊しなかった等、降雪期の豪雪地帯における地震被害という特異な被害現象が見られ、融雪期には、これらの被害を受けた家屋が倒壊する被害も発生した。積雪期の地震として避難経路、避難所、防寒対策などの課題を提起した。

災害救助法が適用になり、救援のため出動人員は自衛隊569人、消防団延べ2,052人であった。

 

地震による被害

  • 死者:5名
  • 負傷者:30名
  • 家屋全壊:220戸
  • 家屋半壊:465戸
  • 家屋一部損壊:804戸

 

3・写真など

4-23-2一回の雪下ろしで道路が埋まり交通途絶した商店街 威力を発揮するブルドーザー -長岡駅前-

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